『東京湾景』は切ない雰囲気が読ませるビターな恋愛小説です|感想

東京湾景
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今日紹介するのは、吉田修一著『東京湾景』。

恋愛小説だけどキュンキュン甘々な物語ではまったくないです。

描かれているのは、恋する難しさを思い知るビターな恋物語。

だから読後には、「愛とは?」「恋とは?」「男女とは?」といろいろ考えちゃいます。

でも内容は難しくなく読みやすいので、人を選ばずオススメできる恋愛小説です。

(個人的にはトータルで5回ぐらい読むほど好きな小説です。)

※この記事では『東京湾景』のあらすじとオススメのポイントを紹介していきます。

目次

吉田修一の代表作

文学賞受賞作:「パレード」、「パーク・ライフ」、「悪人」など

映像化作品:「悪人」、「横道世之介」、「怒り」など

あらすじ

品川の貨物倉庫で働く亮介は25歳の誕生日、出会いサイトでOLの〈涼子〉と知り合った。どんな愛にも終わりは来るとうそぶく亮介と、愛の力を疑いながら、でもどこかで信じたい〈涼子〉。嘘と不安を隠し、身体を重ねるふたりは、やがて押し寄せる淋しさと愛おしさに戸惑う……。東京湾に向きあった、品川埠頭とお台場に展開する愛の名作に、その後を描く短篇「東京湾景・立夏」を増補した新装新版。

引用:Amazon

描かれているのは人を愛する難しさ

物語は品川ふ頭の倉庫街で働く青年・亮介と、お台場にある大手石油会社に勤務する「涼子」の二人の視点で語られます。

こんな風に書くと「スペックの違う二人の恋物語」的な展開を期待するかもしれないけど、それは否定しておきます。

この不釣り合いともいえる構図に、亮介は劣等感を持たないし「涼子」もまったく気にしない。

物語の焦点は、”人を愛する難しさ”に当てられています。

亮介は過去の恋愛によって”誰かを愛する自分”を信じられなくなります。昔付き合っていた相手は高校時代の担任だった里美かずこ。両親の反対を押し切って始めた同棲も、里美がアパートから姿を消したことを機に終わり、同時にその恋も終わりました。そして相手を想う気持ちは、自分の意思に反して次第に冷めてしまいます。本気で愛していたはずなのにです。

一方の「涼子」は、男と女が心から愛し合うということが信じられない。別に嫌な男と付き合った経験があったり、両親の仲が悪かったりしたわけではありません。男女が愛し合うということがどこか作りものっぽく感じてしまうのです。

”過去の恋愛から人を愛することに自信を持てなくなった亮介”と”男女が心から繋がりあえることを信じられない「涼子」”

そんな二人が物語の主人公になります。

カーテンが閉じられた部屋のような二人

物語には一貫して、二人の切なさが漂います。

出会いが携帯サイトを介してということもあるけど、お互いが本心を隠し、一歩を踏み出せないでいるのです。

亮介は過去の失恋を。「涼子」は愛に対する価値観を。

お互いが心に枷をかけ、二人は気持ちにブレーキをかけてしまいます。

そしてそんな二人の葛藤が、息苦しさが、読んでいる方にまで伝わってきます。

二人の関係を象徴しているように感じたシーンがあります。

電気を消した部屋には、声の出ていないテレビがついている。名古屋で起きたという連続通り魔事件を伝える映像の色調が変わるたびに、赤く、青く素っ裸で布団に寝ている二人の肌を染める

引用:東京湾景 P237

会えばデートにも行かず、亮介の部屋で抱き合うばかりの二人。

カーテンは閉めきられ、暗い部屋の中を無音のテレビが照らす。

その部屋の閉塞感は二人の関係のメタファーのようでした。

といってもその雰囲気が読ませるし、この小説の持ち味で、読み心地がたまらなくいいです。)

閉じられた部屋の扉は開かれる

物語の終盤、二人の関係は大きく変わります。

そのキッカケは、亮介の胸にある火傷の真実が明らかになるとき。

その火傷には亮介の人間性が凝縮されたようなエピソードがあります。

そして人によっては狂気ともとれるそのエピソードに、「涼子」は本当の愛を見出します。

心は揺さぶられ、これまで信じることができなかった”心と心で繋がる男女の関係”を亮介となら築けるかもしれないと思います。

ここから物語はクライマックスに。

これを機に「涼子」と亮介は初めて本音をぶつけ合い、停滞していた二人の関係が動き出すのです。

このシーンは二人が本心を吐きだすことで初めて心を通わせた瞬間で、シリアスな雰囲気であっても読んでいるだけでこっちの体温がグッと上がっちゃいます。

そしてラストに向かうにつれて、これまでの閉塞感がパッと開かれていくわけで、その開放感が僕はたまらなく好きです。

さすがに二人の結末についてはネタバレが過ぎるので言及しませんが、最後のシーンを味わうために何度も読んでいると言っても過言でないぐらい結末が僕は好きです。

最後に

切なさ、寂しさを感じる物語だけど、ちゃんと甘さもあるのもこの小説の好きなところです。

物語の中盤、亮介が「涼子」に信用してもらいたいと思いながら、不器用に自分の気持ちを伝えるシーンは、一生懸命さが溢れていてグッとくるものがあります。

他にも出会ったばかりの初々しさを感じるところもあったりするので、ちゃんと”恋愛小説”しています

『東京湾景』は恋の苦味だけでなく、ほのかな甘さも楽しめる面白い小説です。

なのでぜひ読んでみてください。

※僕が持っているのは旧版ですが、新装版には「東京湾景・立夏」という短編小説も収録されています。いま買うなら新装版がオススメです。

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