ひたむきな姿に勇気をもらう「大人は泣かないと思っていた」の感想・書評

大人は泣かないと思っていた
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優しい。そして押しつけがましくない。

それが「大人は泣かないと思っていた」を読んだ僕の印象。

登場人物のセリフや行動には自然体での優しさがあって、励まされるし、勇気をもらえる。

読んでいると生きるモチベーションが静かに燃え上ってくるような、そんな一冊でした。

目次

「大人は泣かないと思っていた」の見所

本書のよさはグッと距離を縮めて、そっと勇気を差し出してくれるところです。

物語の舞台になるのは前時代的な価値観や常識、慣習が多く残る九州の片田舎。

そこではただ暮らしているだけでつきまとう生きづらさがあります。

飲み会の席では女がお酌をする。

家族のプライベートも近所に筒抜け。

出身高校のランクで人の扱いが決まる。

etc

その描写はリアルで、そこで生きる人々のストレスが伝わってきます。

だから登場人物たちの心情には共感し過ぎてしまい、その境遇に似た経験を思い出しては感情を乱されました。

でも本書はそんな居心地の悪い感情を放置しておくような不親切な小説ではありません。

生きづらさを抱えながらも、自分らしく生きようとする登場人物たちの姿や言葉は、乱れた心を静めてくれます。

そればかりかその言葉たちに励まされて、生きる気力も湧いてきます。

どの物語も派手な出来事は起こりません。ただどの物語にも血の通った人間がひたむきに生きています。そして傷つきながらも生きる姿からは、前を向くための元気をもらえるはずです。

「大人は泣かないと思っていた」の各話の感想

ここからは一話ごとにあらすじや感想などを紹介していきます。

(ネタバレってほどのネタバレはないので、安心して読めます。)

「大人は泣かないと思っていた」

表題作である「大人は泣かないと思っていた」は連作短編集のイントロデュース的な話であり、物語はここから始まります。

あらすじは次の通り。

主人公の時田 翼は32歳で、過去に心筋梗塞を患った父と二人暮らしをしている。

冬のある日、その父が「庭の木からゆずが盗られている」と言ったのをキッカケに、翼はその犯人を捕まえることになります。そして夜、小学生時代からの友人である鉄腕(あだ名)と二人で庭を見張り、ゆずを盗ろうとしている若い女を捕まえる。

その女の正体と目的は何なのか?

っていうのがだいたいの大筋。

あらすじの最後をミステリー小説の宣伝文句みたいに書いているけど、全然物騒な話ではないです。

むしろ優しい話です。

そしてこの話を読めば、この舞台になっている町での生きづらさや、この連作のメインキャラクターである翼の人となりがわかると思います。

「小柳さんと小柳さん」

この物語には家族のあり方を考えさせられました。

主人公である小柳レモンは、看護師をしている母と義父の”小柳さん”と三人暮らしをしています。

レモンと義父である小柳さんは円満な関係を築いていたけれど、それでもレモンは家を出て一人暮らしをしたいと思っている。

それは近所の人の無用な詮索や干渉が嫌だったからです。

レモンはその気持ちを義父である小柳さんに伝えます。

そしてレモンの話を聞いた小柳さんが”家族”というものについて持論を語るシーンになります。

そこで語られる”家族”の話が僕は気に入ってます。

「家族って、僕は会社みたいなもんだと思う」

大人は泣かないと思っていた P72

小柳さんは家族を会社に例えます。

そしてその”会社”の目的は生きることだと言います。

「生きていくのは大事業だよ。その事業が継続できるならさ、どんな編成だっていいんだよ。お母さんが三人いたって、夫婦二人だって、子どもが二十人いたって、全員の血の繋がりがなくたって、うまくいってるんならいいと思うんだよ。もちろん、ひとりだってさ」

大人は泣かないと思っていた P72

家族という言葉には、どこか義務的な響きがあると思うんですよ。

「一緒にいなければならない」、「愛さなければならない」、「嫌っちゃいけない」。

別に父や母が嫌いというわけではないけど、そういう義務的な印象があったから、家族という言葉に僕は重荷を感じるときがあります。

でも小柳さんの言葉のように”家族”を会社として考えたとき、家族という言葉はもっと気楽になると思いました。

無事に生きていくために協力する仲間であると考えたら、必ずしも愛する必要はないわけですよ。嫌いでも、気に食わなくても、助けあって生きていくことを一番に考えればいい。

家族を”生きていく仲間”であると捉える方が”愛するべき”という義務感が消えて、家族を自然に好きでいられる気がしました。

「翼がないなら飛ぶまでだ」

この物語は爽快感があって、シンプルに面白かったです。

この物語の主人公である”鉄腕”こと時田鉄也には、玲子という結婚を考えている恋人がいます。

しかし玲子には離婚の経験があり、そのことを鉄也の両親はよしとしていない。

それでも結婚を許してもらいたい鉄也は玲子を紹介するため、家族や地域の人が集まる祭りの宴会に玲子を連れていくのだけど、そこでいざこざが起こる。

あらすじはこんな感じで、この物語の最高の瞬間は鉄也が殻を破るところです。

鉄也は俗にいう「男らしい」男です。体を動かすことが好きで仕事もガテン系の職に就いてます。複雑なことは嫌いで、わからないことは「わからん」と言って堂々としている。でもそんな「漢」っていう感じでありながら、父親には頭が上がらない一面も持っています。

そこで宴会のいざこざシーンですよ。

鉄也の感情が溢れて、父親の目も気にせず玲子のために動き出す瞬間がカッコいいんですよ。

その姿を見てると応援したくなって、その気持ちはページをめくる手を進めます。

テンションも上がるし、スカッともできるおもしろい物語でした。

「あの子は花を摘まない」

正直いうと、僕はイメージしにくい物語でした。でも見所はありました。

白山 広海は40歳後半で離婚し、その二年後、中学時代の同級生と美容系の会社を立ち上げた。その会社はもうすぐで創立十年を迎える。(そして時田 翼の母でもある。)

結婚していた当時には想像もしない人生だった。

広海自身、女の幸せは「まじめで安定した収入のある男に扶養され子どもを産み育てること」だと幼い頃から教えこまれていた。

だから興味が湧かない相手とお見合い結婚することにも反発はない。でも結婚生活を送る中、住んでいる田舎と夫への不満が積み重なる。

それが大学生の息子と夫を残して家を飛び出した理由だった。そして今では自らの会社を持ち、自立して生きている。

この物語の主人公と僕では年齢も人生経験も性別も違い過ぎて、共通点は少ないです。

だから頭で理解できても、いまいちピンと来ない部分も多かったです

でも、青臭いかもしれないけど、カッコいい人生ではあると思いました。

慣れ親しんだ現状を打破して、新しい道に進むのは簡単なことではないです。想定もしていない人生を選ぶことは勇気がいります。

だから家族と離れてでも、自分の可能性をたしかめたいと飛び出す生き方はロックだなと思いました。

とはいっても息子という経験しかない僕からしたら、大学生ではあっても残された息子の気持ちを考えると、薄情な気がしないでもないです。

でも広海の場合、家族を優先すれば自分を殺すしかないし、自分を大切にすれば飛びだすしかありませんでした。

みんなが円満に生きられる第三の選択肢があればいいんですけどね。

「妥当じゃない」

この物語は主人公である平野 貴美恵に親近感が湧いて、自分事のように読んでしまいました。

まずは平野貴美恵についてザッと紹介します。

貴美恵は30歳で、大学を卒業してから市の農業協同組合で働いています。

同期たちはほとんど退職しました。主に結婚を理由に。

そして自分も結婚願望はあるけど、”せっぱつまっているように見られるかもしれない”と思って婚活に踏み切れない。

それにもっと自然な形で恋愛をして結婚したいという願望も持っています。自然に出会って、自然に交際して、相手から望まれて結婚することに憧れる。

それに好きな人がいないこともない。同僚の時田 翼に好意を寄せています。(「大人は泣かないと思っていた」の主人公)まあまあ顔が整っていて、貯金してそうだし、32歳という年齢もちょうどいい。

ときめくような恋心ではないけど、結婚相手として”妥当”だと考えている。

この紹介をアラサーの人たちが見れば、貴美恵の抱える生きづらさを想像するのはたやすいはずです。

結婚して子育てしている同年代の人間を見ると、自分が遅れているように感じる焦り。

将来について考えると襲う不安感。

今いる場所に不満があっても別の場所に飛び出すほどの気力は持ち合わせてはいないこと。

貴美恵が特徴のない平均的な30代の女性だからこそ、彼女の心情は想像しやすくて、勝手にあれやこれやと考えて共感してしまいました。

そして30代特有の絶望するほど悩んでいるわけではないけど何となく生きるのがしんどい感じ。それがいい具合に物語から伝わってきておもしろかったです。

「おれは外套をぬげない」

この物語は連作短編の中で一番やるせない気持ちになりました。

主人公である時田 義孝を一言で説明すれば”嫌なおっさん”です。

「バカな女と生意気な女は好かん。」、「若者は年長者をたてるものだ。」と傲慢な考えを持ち、すぐに怒鳴る。

若者たちが特に敬遠するタイプの大人です。

(きっとあなたの周りにも、こんなおじさんはいますよね?たとえば会社の上司とか学校の先生とかに。)

でも嫌いになるのは待って欲しい。

物語の終盤に差し掛かると、おじさんの印象は変わります。

縁側で一人寂しく座り、おじさんが本音を語るシーンがあります。

おれは変わらないんだよ、心の中でそう答える。なあ変われないよ、今更。

大人は泣かないと思っていた P229

義孝、お前は長男だ。責任がある。家を継ぎ田畑を継ぎ、そして守っていく。次の世代へと受け渡す責任がある。男は泣いちゃいけない。物心ついたときから繰り返しそう教えられてきた。

大人は泣かないと思っていた P229

定年まで家族のため懸命に働き、父親の教え通り田畑を守った結果がこれでは報われない。

たしかにこの孤独は自業自得なのかもしれないけど、働いていた日々の中には、家族のために歯を食いしばって耐えた日もあるはずです。

それを思うと何だかむなしい気持ちになってきます。

最後は奥さんとしっぽり会話をしてマイルドに終わるのだけど、上手に生きることの難しさを痛感する物語でした。

「君のために生まれたわけじゃない」

連作短編ラストの物語では時田翼にとって重要な出来事がいくつか起こります。

父親の重い病気が発覚。

結婚を考えていた元恋人との偶然の出会い。

サイドストーリー的に進行していた恋物語の結末。

見所が多くあって、描かれている人間だけでなくストーリーも面白いです。

それにグッとくるシーンも多くありました。特に気に入ったのは入院している父に持っていく差し入れを考えるシーンです。

いくらが好きだったな、と思い出す。それと穴子も。

大人は泣かないと思っていた P237

なんてことのないシーンなのだけど、父親への愛情を僕は感じました。

「何を食べたいか?」、「何が好きだったか?」、「何を持っていけば喜ぶか?」と考えるのは、恋人へのプレゼント選びに似た思いやりがあると思いました。

それに父親の好物を知っているというのも、二人で食卓を囲んだ長い時間を感じられて温かい気持ちになります。

たぶん本書を読んだ人は「そこかよ」とツッコみたくなると思いますが、個人的に好きなシーンでした。

そして物語は後味のいい終わり方で、読後感はすごく気持ちがよかったです。

最後に

寺地はるなさんの小説を読んだのは、本作が初めてです。

ほっこりする話が多いし、登場するキャラクターたちも優しいので、読んでいて癒されました。

これから他の作品も読んでみたいと思い、すでに「ビオレタ」という長編小説も購入済みです。

読んですぐに別の本も積読したくなるぐらい「大人は泣かないと思っていた」はいい小説でした。

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