「サクリファイス」は僕の人生を変えた一冊だ。
なぜなら僕が小説にハマるキッカケになった本だからだ。
高校生の頃、モテるために読書を始めようと思い立ち、図書館でこれといった理由もなく手に取ったのがこの小説だった。
当然、読書をしたところでモテはしなかった。でも物語はとにかく面白くて、夢中で読んだのを覚えている。
小さい頃から活字嫌いだった僕だが、それ以来、どこに行くにも本を持参するほど読書にハマっている。
そういうわけで僕にとって近藤史恵著「サクリファイス」は、これまで読んだ小説の中でも思い出深い本となっている。
もちろん誰が読んでも特別な本になるとは思っていない。
ただ僕がこれまで読んだ本の中でも自信を持ってオススメできる一冊であることは間違いない。
・サイクルロードレースが興味がある人
・「弱虫ペダル」が好きな人
・スポーツ小説が好きな人
「サクリファイス」のあらすじ
主人公の白石誓は、もと陸上選手。オリンピック代表を期待されるほどのランナーだったが、勝つための走りに疲れ、引退。たまたま知ったサイクルロードレースの”自分が勝つために走るのではない”アシストというシステムに惹かれ、自転車競技に転向する。ところが、彼と同じチームのベテランエース・石尾には、過去に自分の地位を脅かす若手を事故に見せかけてケガをさせ、再起不能にしたという黒い噂があった。それを承知で次期エースの座を虎視眈々と狙う新人レーサーの伊庭。アシストの役割に満足しているのに、その実力からエース候補だと思われてしまう白石。そしてついに、再び「事故」が起きて――――。
サクリファイス P284
※小説の巻末にある解説で紹介されていたあらすじを引用
・大藪春彦賞受賞作
・第五回本屋大賞第2位
著者情報
著者:近藤史恵
代表作:『サクリファイス』、『タルト・タタンの夢』、『凍える島』
※『タルト・タタンの夢』は『シェフは名探偵』というタイトルで西島秀俊主演でドラマ化されています。
最大の魅力はスポーツ小説とミステリーの合わせ技
本作の最大の特長はスポーツ小説とミステリー小説を一冊で楽しめるところだ。
ここからはその二つの魅力を紹介していきたい。
サイクルロードレース素人でも夢中になれるレースの臨場感
本作のスポーツ小説としての見所の一つは、レースの臨場感にある。
主人公である白石 誓の視点で語られるレースは、容易に情景が浮かぶほどわかりやすくてリアルだ。レース状況によって変化する戦略や選手同士の駆け引き、先の読めないレース展開には緊張感があって目が離せなくなる。
それはこの物語にハマった人なら誰もが共感してくれる魅力だと思う。
また本作の読みやすさについても多くの人が共感してくれるはずだ。
「サイクルロードレース」というマイナースポーツを題材にしているが、知識なしでも読めるようになっている。それに読書初心者でも難なく読めるぐらい読みやすい。
一応言っておくと僕はロードレースに詳しくない。初めて読んだ当時はルールも何も知らなかった。
それでも物語の展開に興奮しながらページを読み進めたのを覚えている。
その要因の一つは著者の巧みな文章力にあると考えている。(上から目線で恐縮です。)
作中ではロードレースのルールや専門用語の説明が必要に応じてなされているのだが、それが自然で説明くさくない。そのた知識不足のせいでページを進める手の妨げにならないのだ。
だから文章はスムーズに読むことができて、しっかりスピード感を保ってレースを楽しむことができる。
馴染みのない題材かもしれないが、安心して読んでもてもらいたい。
ちらつくエースの黒い噂
この小説のもう一つの面白さはミステリー要素だ。
このおかげで物語は単調になることなく、最後の最後まで引き込まれる。
白石 誓が所属する”チーム・オッジ”のエース・石尾 豪には黒い噂がある。
それは過去に自身のエースの座を守るため、有望な新人をレース事故に見せかけて再起不能にしたという噂だ。
このような卑劣なことをプロ選手がするかと疑問に思うが、読み進めるうちに”石尾ならやりかねない”という印象にもなってくる。
石尾は日本を代表する自転車選手であり、チームの絶対的エースだ。そのエースたる所以は勝利への強いこだわりにある。そしてその執着心ともいえるこだわりは、仲間がチームを辞める可能性があるとしても勝つためならシビアな判断も辞さないほどだ。
そのような姿や当時の事故を知るチームメイトの話を考慮すれば、黒い噂は真実味を帯びてくる。
そしてこの黒い噂はずっと物語の中でちらつき、物語の終盤にはこの過去の事故が火種となって新たな惨劇を引き起こすことになるのだ。
このミステリー要素の何が凄いかというと、ロードレースのおまけで留まっていないところだ。最初から最後まで謎として物語に引き込んでくれるし、その真相には予想を裏切る驚きもある。
真相が明かされ、小説のタイトル「サクリファイス」の本当の意味がわかる瞬間には何度読んでも鳥肌が立ってしまいます。
最後に
冒頭で「僕が小説にハマるキッカケになった本」と言ったが、この小説の面白さに魅了されているのは僕だけではない。
その年で面白かった本を現役の書店員が投票して決定する本屋大賞(第五回)でも二位に受賞している。
つまり目の肥えた書店員たちもこの小説の素晴らしさを認めているということだ。
さらに言えば他の受賞作品には伊坂幸太郎著「ゴールデンスランバー」(その年の一位)や吉田修一著「悪人」、角田光代著「八日目の蝉」などの名作が肩を並べており、この面々の中で二位というのもスゴイ。
この事実だけでも面白さはある程度保証されていると言ってもいいと思う。
この通り「サクりファイス」の面白さは僕だけでなく世間的にも評価されている。もう十年以上前の小説ではあるが面白さは色褪せてないので、気になった方はぜひ読んでみてください。