この本、切り口がおもしろい。
本書ではバカロレアの哲学を題材にして、答えのない問題を考えるための思考法を紹介しています。
(たぶんバカロレアって何という人もいるはずですが、その話はまた後で。)
この角度で思考法を紹介する本はたぶん少ないと思います。というか他の本を僕は知らないです。
あまりピックアップされることもない題材ということもあり新鮮に感じたし、使えそうなアイディアがある本でした。
・目新しい思考法を学びたい人
・バカロレアの哲学に興味がある人
・これまでにない切り口で思考法を学びたい人
学べば解けるバカロレア哲学試験
バカロレアとは、フランスの高校生が卒業時に受ける中等教育修了試験(日本でいうところの高卒資格試験)のことです。
それに大学入学資格試験も兼ねています。だからバカロレアに合格すれば大学に入学もできるようです。といっても最近は進学希望者の増加によって、必ずしも希望の大学に入学できるわけではないようですが。
このバカロレアにはさまざまな試験科目があるのだけど、本書で扱うのは”哲学”です。フランスでは哲学が必修科目として設けられています。
いきなり哲学といっても日本人の我々にとっては馴染みのない科目だと思うので、まず実際に2021年のバカロレア試験で出題された哲学の問題を紹介します。
1.議論するとは暴力を断念することか?
2.無意識はあらゆる認識の形式から逃れるか?
3.われわれは未来に責任を負っているか?
4.デゥルケームの「社会分業論」の一節を説明せよ。
※1〜3はディセルタシオン(小論文形式)と呼ばれる問題形式で、論述形式で解答。
4はテキストテキスト説明とよばれるもので、15行から20行程度の哲学書の抜粋について、その構造と内容を言い換て説明することが求められます。
こういう問題をフランスの高校生たちは解くそうです。
難しいのか簡単なのか難易度がわからないぐらい解答が思いつかないですよね。
でも普通の科目と同様に知識と解法を学んで訓練すれば解けるようになるようです。
そしてその解法こそが本書で学ぶ「思考の型」になります。
バカロレアの哲学を学んでどうなるのよ?
本書で解説される「思考の型」とは、バカロレアの哲学の解法と書きました。
それを聞けば「フランスの高校生が習う哲学の問題の解法が何に役に立つのよ?」って疑問が湧くと思います。
メリットはさまざまありますが、この解法(思考の型)を学ぶことで、批判的に考える姿勢が身につくと筆者はいいます。
批判的という言葉については本書でこのように説明されています。
〈批判的というのは与えられた情報を鵜吞みにしないで、それと対立したりする情報を等しく扱い、吟味する姿勢を持っているということです。〉
ではなぜ批判的な姿勢が身につくか?
それは解法の過程では、自分の支持する立場と反対の意見についても検討することが求められるからです。
上記で紹介した哲学の問題を見てもらえばわかるのだけど、問題の問い方は「はい」か「いいえ」で答えられるものになっています。
なので答え方としては「はい」か「いいえ」か(もしくは第三の立場)を支持して、その根拠を論じていく流れになります。
その際、バカロレア哲学試験では自分の支持する側の意見を述べるだけではなく、その反対意見も十分に検討することも重視されます。
つまり反対意見の妥当性・論理性を尊重した上で自分の支持する立場の意見を述べるという手順が求められているので、両方の立場を客観的に思考していく姿勢が必要なのです。
そしてこの姿勢を日常生活でも持つことができれば、何が正しい意見で、何が間違っている意見なのかを精査する際に役に立ちます。
そんなわけでこの解法(=思考の型)はフランスの高校生だけでなく、日本で生きる大人たちにも有用であり、自分で物事を判断するための”ツール”になるのです。
(例に挙げた哲学の問題のような答えのない問題を考えるときの武器にもなります)
「思考の型」のデモンストレーション
本書の魅力は結構なページを割いてバカロレアの問題を実際に解いてくれるところです。
本書は全6章で構成されており、この問題を解くのに2章分も割いています。
1章は問題を解くために必要な事前知識の紹介パートで、もう1章は実際にその情報を使って問題を解くパートになっています。
そのおかげで「思考の型」の使い方がイメージしやすくなります。
解かれている問題は、
「労働はわれわれを人間的にするか?」
「技術はわれわれの自由を増大させるか?」
「権力の行使は正義の尊重と両立可能なのか?」
の3問。
またまたどうやってとくのよ?って感じですが、これも手順に沿って考えれば解けるんですよ。
解答パートを読めば納得するはずです。
ただ読む前に注意も必要
この本は誰にでもオススメできるかと尋ねられれば、僕はノーと答えます。
なぜならピンポイントですぐ使える思考法を教えてくれるわけではないからです。
本書はあくまでバカロレア哲学の問題の解法が解説されている一冊です。そのため問題に対する思考の深め方のみならず小論文の構成の作り方や書き方にも触れています。
だからもし思考を深める方法論だけを目当てにして買うとしたら、期待した内容と実際の内容のギャップを感じるかもしれません。
この本を生かそうとする場合、その哲学の問題の解法をそのまま使うというよりは、自分なりに役立ちそうな部分を抽出する必要があると思います。
それもあってバカロレアの哲学の解法に興味がある人は別として、本書は思考法系の本の一冊目として読むにはオススメできないです。
すでに思考法系の本を何冊か読んでいて、もっと別のアプローチで書かれた本を読んでみたい人向けだと思います。
最後に(感想)
「誰にでもはオススメできない」とは書いたものの、誰が読んでも有益なところはある本だと思います。
僕は本書を読んだおかげで、より説得力のある文章を書けるようになったと思っています。
これまではある問題を考えるとき、自分の支持する意見側ばかりを深掘りして考えるクセがありました。でも本書を読んで反対意見を十分に検討する必要性が実感できたし、その方法も学ぶことができました。
そのおかげで主観と客観の両方の視点を持って物事を考えられるようになり、より説得力がある意見を考えられるようになったと思っています。(まだまだですが)
そして当然だけどこのことは文章を書く時にも大きく影響してきます。
「思考の型」は使いこなすには慣れが必要だと思いますが、いい文章を書くための武器にもなりそうです。